新しい理念 2
20世紀のはじめ、アメリカではヘンリ・フォードⅠ世が、大衆車T型フォードを大量生産方式で大量生産し、自動車王国アメリカの基礎を築きました。
しかし、フォードⅠ世の企業哲学は、およそ資本の論理とはかけ離れた理念に支えられていました。
たとえば、農家に生まれたヘンリー・フォードが考えたことは、農作業につきものの重い労働から農民を解放することでした。
また大量生産によって自動車のコスト・ダウンをはかり、安い価格で自動車を供給すれば、金持ちの上流階級だけしか手に入れることができなかった自動車が、多くの一般大衆のものになるというものでした。
フォードが信奉した標語に「プライス・メイクス・ザ・マーケット」というのがあります。
この意味するところは、大量生産によるコスト・ダウンで、大量の自動車を低価格で提供すれば、売れるということですが、フォードは大量生産方式を採用する際に、労働者に対する賃金を大幅に引き上げました。
もちろんこれは労働能率を高める代償でもありましたが、同時にフォード社の従業員にも自動車が購入できる所得を保証する試みでもありました。